ご家族の本音 ご家族インタビュー

要介護の義母を最期まで支えた義父
離れて一人暮らしの義父が心配に

『アズハイム』はしっかり勉強している人が多くて、
安心して任せられます
石田真紀子様(「アズハイム中浦和」にお義父様が入居)
2度の心臓手術を乗り越え
積極的に生きるために

石田真紀子様のお義父様(88歳)は、2017年3月に「アズハイム中浦和」に入居しました。6年前にお義母様が亡くなり、お義父様は目黒区で一人暮らし、真紀子様はお義父様のご長男であるご主人と中野区で暮らしていました。お義母様は、亡くなるかなり前から介護が必要な状況が続いていました。

続きを読む
真紀子様

私たち夫婦は、義父の家まで片道で1時間半くらいかかるので、あまり行くことができませんでした。ヘルパーさんが入っていましたが、義父は、『できるだけ自分で面倒を見たい』と言い、ずっと義母の面倒を見ていました

ヘルパーさんが来ない夜間は、お義父様が何度も起きてお義母様を抱えながら、ポータブルトイレに座らせるなど、お義母様が亡くなる数カ月前まで献身的に介護をされていました。お義母様が亡くなった後も、自分のことは自分できちんとこなせるお義父様でしたので、すぐに困ることはありませんでした。

囲碁が趣味なお義父様。定期的に日本棋院へ通っています
囲碁が趣味なお義父様。定期的に日本棋院へ通っています

お義父様は、週2~3日プールに通い、週1回、市ヶ谷の日本棋院へも行かれていました。また、中学生時代の友人を自宅に招いて交流を続けるなど、自分のリズムを大切にして生活を送っていました。ですが、85歳くらいの時から、徐々に料理をするのが億劫になり、洗濯も大変になってきたようです。

真紀子様

義父は心臓の手術のため、2度入院をし、その後、無呼吸症候群であることが分かりました。夜間1人というのは、とても不安に感じました

その他、道路で転倒して病院へ搬送されるというようなこともありました。そうした心配事に加えて、自宅が老朽化していたこともあり、真紀子様ご夫婦と一緒に住もうかという話が出た頃、真紀子様ご自身が交通事故にあってしまい、生活がままならない状態が1年ほど続いたそうです。そうした状況から、同居は保留となっていました

実父を看取った看護師と再会
入居に納得してくれた義父に感謝

真紀子様のご両親は「アズハイム南浦和」にご入居。2年前に亡くなられたお父様は、入居してから最期までの5年間を「アズハイム南浦和」で過ごされました。お母様は、一時的に実家に戻られることもあるようですが、今ではすっかり「アズハイム南浦和」のほうが我が家のように感じられているそうです。

真紀子様

『アズハイム南浦和』では父をしっかりと看取っていただき、とても素晴らしい施設だと思いました。義父は、本当に気を遣う人なので、私の母と一緒の施設では、疲れてしまうと思い、近くの『アズハイム中浦和』に姉と見学に行きました。そこで、実父を看取ってくれた看護師の吉村さんに再会することができました。本当に嬉しくなって、3人で手を取り合って喜びました。他にも知っている介護スタッフさんや、ホーム長さんもいらっしゃって『こちらにお任せしよう』と思いました

そして、真紀子様はお義父様と話し合い、「アズハイム中浦和」を見学しました。お義父様は、目黒から距離があることなど色々気にしていたようですが、ご自分から「こちらの世話になりたい」とおっしゃってくれたそうです。

安心して任せられるスタッフ
今までの生活リズムを維持できる環境を求めて

真紀子様

義父は、就寝時の無呼吸症候群に加え、急に熱を出すことがありました。それでも『アズハイム中浦和』では、夜間でも見守りや医師への連絡など安心して任せられると思いました。自分のことはしっかりとできる人なので、体のことだけが何よりも心配でした。温かいスタッフさんや父を看取ってくれた看護師さんもいてくれるので、本当に安心です

また、真紀子様のご主人の通勤路ということもあり、いざという時には会社から30分 でかけつけられるというのも「アズハイム中浦和」に決めた理由でした。また、真紀子様はご自宅でいけばなを教えており、日中は、生徒さんが頻繁に出入りします。こうした環境では、自分の生活リズムを大切にして健康を保って来られたお義父様が同居することでかえって生活を崩してしまうのではないかという心配もあったようです。 そうして、お義父様は「アズハイム中浦和」に入居して半年が経ち、段々と生活リズムが出来てきたようです。バスに乗ってプールに行ったり、日本棋院も月に2回ほど参加されています。また、昔の仲間と定期的に都内に出て集まっているそうです。ご自分のお部屋では、iPadを使って、毎日囲碁の対局を楽しまれています。

最近はiPadを使って囲碁の対局をしています

最近はiPadを使って囲碁の対局をしています

真紀子様

社交的な義父は、スタッフさんとも仲良くしているようです。iPadが壊れたときは、若いスタッフの方が直してくれました。母を見ていると親子介護では、ついキツイこと言ってしまうことがありますが、スタッフさんに対しては遠慮があるので、良い関係を維持できるのだと思います

真紀子様は今年、お義父様と旅行に行くことも出来たそうです。また、真紀子様ご自身も、今まで通りいけばな教室を続けられ、充実の毎日を送っているようです。そのような真紀子様をお義父様は気遣われたのではないでしょうか。真紀子様は、お義父様の優しさにとても感謝しているご様子でした。

お義父様の書道の作品(右側)と一緒に
お義父様の書道の作品(右側)と一緒に
アズハイム光が丘
アズハイム光が丘で暮らす両親、入居前に介護サービスを利用
両親ともに要介護、二世帯住宅での生活も限界に
石原澄子様のご両親が「アズハイム光が丘」に入居してから3年半が経ちます。澄子様は三姉妹のご長女。東京・練馬区の二世帯住宅で、澄子様ご夫妻とご長女、ご両親と暮らしていました。
「アズハイム光が丘」には、2013年10月にお母様、その1か月後にお父様が入居されました。
アズハイム東浦和
父にホーム入居をすすめたものの葛藤の日々
老々介護を10年続けた父。母の逝去で体調が悪化
さいたま市内に住む関根利香様のお父様(76歳)が「アズハイム東浦和」に入居を開始したのは3カ月前のことです。お父様は信州の城下町・小諸市に生まれ、「アズハイム東浦和」に入居されるまで、小諸市内でお母様と過ごしていました。ところが、お母様は腎臓病を患い、週3回の人工透析が…
アズハイム横浜上大岡
持病を抱えながらの夫の介護「大変の一言に尽きます」
“スープの冷めない距離”での生活が転機に
「熟睡ができない生活が毎日続きましてね、『私、この先命があるかしら』と思いました」と、自宅でご主人の介護を続けてこられたB様が当時を振り返ります。ご主人が指定難病の大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺と診断されたのは平成27年6月のことです。…
アズハイム横浜いずみ中央
母の帰りたい場所が“アズハイム”になりました
インターネットで情報収集してホームを自己採点。「アズハイム横浜いずみ中央」との出会いはご縁です
牧内恭寛様のお母様(90歳)は、現在「アズハイム横浜いずみ中央」に入居されています。2年前に「アズハイム横浜いずみ中央」に入居するまでの12年間は、恭寛様の自宅近くの高層マンションで一人暮らしをされていました。…
アズハイム大泉学園
他ホームを見学してわかったミスマッチ「アズハイムとの出会いは幸運でした」
父の有料老人ホーム入居を機に家族の絆が一層深まりました
岡崎様は「アズハイム大泉学園」に住むお父様(82歳)のもとを毎週1回訪れます。そして、お父様が穏やかに過ごしている様子に「いいところに巡り会えた」と胸をなでおろします。…
アズハイム川崎中央
不安症で難聴の一人暮らしの母。日に日に増える娘への電話
体は元気。精神的に自立していたら一人暮らしを続けられたと思います
老いにともなう不安や焦燥感は程度の差こそあれ誰しも抱くものです。「アズハイム川崎中央」に住むM・M様のお母様は90歳を過ぎてから些細なことで不安になったり心配になったりといった傾向が強くなりました。…
アズハイム千葉幕張
こちらで最期まで母の人生を全うさせたいなと思います
難病の母を介護する病身の父 父に2度目の癌が見つかり在宅介護が困難に
N・T様は3人きょうだいのご長女です。きょうだい3人はそれぞれ都内に住み、ご両親は千葉市内で二人暮らしをしていました。N・T様がご両親の生活に深く関心を寄せたのは2010年にお父様の体に癌が見つかってからのこと。…