ご家族の本音 ご家族インタビュー

こちらで最期まで母の人生を全うさせたいなと思います

難病の母を介護する病身の父
父に2度目の癌が見つかり在宅介護が困難に
N・T様(「アズハイム千葉幕張」にお母様が入居)
転倒を繰り返す母。ケアマネージャーの紹介で
医療ケア充実の「アズハイム千葉幕張」の入居を決意

N・T様は3人きょうだいのご長女です。きょうだい3人はそれぞれ都内に住み、ご両親は千葉市内で二人暮らしをしていました。N・T様がご両親の生活に深く関心を寄せたのは2010年にお父様の体に癌が見つかってからのこと。癌の手術後、入院しているお父様を見舞い、お母様の様子を見に行くなかで、お母様の体調の変化に気づいたといいます。

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N・T様

歩いていると止まれない、そのままのスピードで歩いて行ってしまうというのが母の最初の症状でした。それからだんだんと右手、右足をうまく動かせなくなり転倒もしばしば。骨折をすることもありました

高齢のお父様は、通常では1カ月ほどで退院できるところ72日間の入院生活を余儀なくされて退院。お父様は体重が10㎏落ちて体力が低下しながらもお母様の介護生活が始まりました。

N・T様

母は転ぶことが多くなっていたので外出時は父が付き添いました。徐々に母の病気が進行して料理ができなくなると父が料理をするようになりました

その後、お母様は国指定の難病であることがわかりました。お母様の病気は、進行を遅らせる薬もなく、筋力が徐々に低下していきます。医師からは嚥下障害が出て誤嚥性肺炎を招く恐れがあるかもしれないとも聞かされたため、食事には細心の注意を払いました。 それから3年の月日が経ち、家の中は手すりだらけになりました。それでもお母様は転倒します。そこで家族はお母様に「車いすと紙おむつの着用」をお願いしたのです。

N・T様

やさしくて我慢強い母ですから、頼んだその日に『いいわ』といって私たちの願いを聞き入れてくれました

その頃から土日はN・T様か弟様が、平日は妹様が実家を訪れて介護のサポートをしましたがお母様の介護にかかりきりのお父様は散髪に行くこともままなりません。 少しでもお父様に休息の時間を持ってもらいたいとデイサービスの利用を促しましたが、お母様はデイサービスの利用を拒んだそうです。それから数カ月後、お父様に二度目の癌が見つかります。

N・T様

在宅のケアマネージャーにプランを考えてもらいましたが、私たちきょうだいの誰かが母を引き取るか、誰かが仕事を辞めて母の介護に専念するしかないと。当時、私は地方自治体の職員で職場に介護休暇の相談もしましたが、『長期にわたる介護休暇を取って職場に復帰した人は一人もいません』と言われました。それは弟も妹も同じくでした

こうした状況のなか、お父様から老人ホームへの入居についてお話がありました。早速ケアマネージャーに相談したところ、紹介をされたのが「アズハイム千葉幕張」です。

N・T様

こちらは数あるアズハイムの中でも24時間看護師が常駐して医療ケアが充実しているホームで母にぴったりだと思いました

お父様の手術・入院を控えた当時の心境はまさに「綱渡り状態」。いくつかのホームを見て検討する時間もなく「アズハイム千葉幕張」への入居を決断しました。

「アズハイム千葉幕張」はアズハイムシリーズの中で唯一の24時間看護師常駐
「アズハイム千葉幕張」はアズハイムシリーズの中で唯一の24時間看護師常駐

風邪が悪化して2週間の絶飲食
看護師の医療ケアで入院を回避

N・T様

入居してから気づいたのですが、プロフェッショナルの紹介はさすがだなと思いました。それを強く実感したのは一年前に母が風邪をこじらせてしまい誤嚥性肺炎を防ぐために2週間の絶飲食をした時です。痰の吸引や、24時間の点滴が必要で通常は即入院となるところ、看護師さんのお力で乗り切ってくださいました

それでもその当時のお母様の病状は深刻で、それから数カ月間体調が思わしくない状態が続きました。医師からは「看取りになった時はどうするか」といった話しもありました。

N・T様

それまで、家族間では胃ろうの話は出ていましたが、医師から看取りをどうするかと聞かれた時は動揺しましたし迷いました

そんなN・T様ごきょうだいの不安を支えたのは「アズハイム千葉幕張」の小泉ホーム長(現:「アズハイム三郷」ホーム長)や看護師たちです。医師と治療方針を話し合う場にも立ち会い、終活についての相談も親身に乗ってくれたといいます。

N・T様

小泉ホーム長にはアズハイムなら看取りはどのようにしてくださるのかと尋ねました。母はお琴の先生で、新舞踊の師範の資格を持っています。小泉ホーム長は、『お着物が好きであれば私どもの方で着付けもしますしメイクもいたします。ホームでも家庭と同じように職員一同心を込めてお見送りします』と仰ってくださいました

ある日、N・T様の妹様が「アズハイム千葉幕張」でこんな光景を見かけました。ご入居者のお一人がホーム内でご逝去されて棺で運ばれるとき。「アズハイム千葉幕張」の職員が一堂に並び、その方を見送る瞬間でした。この話を聞いて、N・T様ごきょうだいは、「こちらでみてもらえるのが一番だ」と思ったそうです。

「皆と過ごす時間も大切」と食事はかならず食堂で。N・T様もお弁当を持参してお母様と一緒に食事をとります。

「皆と過ごす時間も大切」と食事はかならず食堂で。N・T様もお弁当を持参してお母様と一緒に食事をとります。

入居をきっかけに深まった家族の絆
これからも家族で過ごす時間を大切に

お母様のケアプランの更新は1月と7月です。1月の更新では3つの目標を掲げました。 「お母様ご自身でトイレで用を足す」
「自宅の階段を上れるようにする」
「食事は栄養剤からミキサー食か刻み食に全量を戻す」

N・T様

このうち、階段以外はすべて達成できました。介護士さん、看護師さん皆様の努力のたまものだと思います。こんなに良くしてくださるホームはほかにありません。ここに入れて本当によかったなと思います

現在、N・T様は仕事を辞めて週3日お母様を訪ねます。妹様も週3日、弟様も週1回と日替わりできょうだい3人が毎日お母様の元を訪れます。

N・T様

弟や妹とはLINE(スマートフォンやパソコンなどの端末を用いたメールや通話のコミュニケーションアプリ)で母の様子を毎日報告しあっています。アズハイムの入居をきっかけにきょうだいが一丸となりましたし家族の結束力も高まりました

先日は、8カ月ぶりにお母様が自宅に戻り、家族全員が集まりました。同行した藤野ホーム長と弟様が車いすに乗るお母様をそのまま抱え階段を昇り自宅へ運ぶと、瞑っていたお母様の目がぱっちりとあき満面の笑みを浮かべたそうです。

N・T様

自宅に帰れたと母もわかったようでとても喜んでくれました。徐々に体が拘縮して体幹を失いつつある今は、現状を維持することが目標です。こうして藤野ホーム長のお力をお借りしながら、自宅で過ごす時間も大切にしてあげたいと思っています

12月1日はお父様とお母様がともに誕生日を迎えます。N・T様ごきょうだいは、「アズハイム千葉幕張」の一室を借りて家族全員で誕生日会を開こうと企画しています。

N・T様

入居して3年が経過しますが、ようやく母の体調も落ち着いたので今年は誕生会を開けそうです。父は7月に4度目の癌が見つかり手術をしましたが、先日母を連れて自宅に戻った時は喜んでくれてとてもいい時間が過ごせました。自分の癌を治しながら母を看てきた父が本当に大変だったと思います

お部屋にお母様を訪ねると、お母様のベッドにはある資料が吊り下げられていました。これはお母様のベッド上での体位を解説した「アズハイム千葉幕張」の機能訓練指導員(リハビリスタッフ)手製の資料。筋肉の拘縮予防に適した寝方が一目でわかり、気が付いた人誰もが体位を変えられるようにと、機能訓練指導員(リハビリスタッフ)の細やかな配慮がなされています。

N・T様

日常の生活の中にリハビリの要素を取り入れる生活リハビリや、母に合った車いすの選び方も教えていただいて、機能訓練指導員(リハビリスタッフ)さんのお仕事の幅の広さを感じました。入居者は一人ひとり違いがありますよね。私もお勤めしていた頃に気が付けば、もっといい公務員になれたかなと思います

ご入居者一人ひとりに寄り添い、その人に合ったケアを行う「アズハイム千葉幕張」に全幅の信頼を寄せるN・T様ご家族。これまでを笑顔と涙で振り返るN・T様の表情は安堵で満ち溢れていました。

「アズハイムならいつまでもお任せできます」(N・T様)
「アズハイムならいつまでもお任せできます」(N・T様)
アズハイム光が丘
アズハイム光が丘で暮らす両親、入居前に介護サービスを利用
両親ともに要介護、二世帯住宅での生活も限界に
石原澄子様のご両親が「アズハイム光が丘」に入居してから3年半が経ちます。澄子様は三姉妹のご長女。東京・練馬区の二世帯住宅で、澄子様ご夫妻とご長女、ご両親と暮らしていました。
「アズハイム光が丘」には、2013年10月にお母様、その1か月後にお父様が入居されました。
アズハイム東浦和
父にホーム入居をすすめたものの葛藤の日々
老々介護を10年続けた父。母の逝去で体調が悪化
さいたま市内に住む関根利香様のお父様(76歳)が「アズハイム東浦和」に入居を開始したのは3カ月前のことです。お父様は信州の城下町・小諸市に生まれ、「アズハイム東浦和」に入居されるまで、小諸市内でお母様と過ごしていました。ところが、お母様は腎臓病を患い、週3回の人工透析が…
アズハイム横浜上大岡
持病を抱えながらの夫の介護「大変の一言に尽きます」
“スープの冷めない距離”での生活が転機に
「熟睡ができない生活が毎日続きましてね、『私、この先命があるかしら』と思いました」と、自宅でご主人の介護を続けてこられたB様が当時を振り返ります。ご主人が指定難病の大脳皮質基底核変性症と進行性核上性麻痺と診断されたのは平成27年6月のことです。…
アズハイム横浜いずみ中央
母の帰りたい場所が“アズハイム”になりました
インターネットで情報収集してホームを自己採点。「アズハイム横浜いずみ中央」との出会いはご縁です
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アズハイム大泉学園
他ホームを見学してわかったミスマッチ「アズハイムとの出会いは幸運でした」
父の有料老人ホーム入居を機に家族の絆が一層深まりました
岡崎様は「アズハイム大泉学園」に住むお父様(82歳)のもとを毎週1回訪れます。そして、お父様が穏やかに過ごしている様子に「いいところに巡り会えた」と胸をなでおろします。…
アズハイム川崎中央
不安症で難聴の一人暮らしの母。日に日に増える娘への電話
体は元気。精神的に自立していたら一人暮らしを続けられたと思います
老いにともなう不安や焦燥感は程度の差こそあれ誰しも抱くものです。「アズハイム川崎中央」に住むM・M様のお母様は90歳を過ぎてから些細なことで不安になったり心配になったりといった傾向が強くなりました。…