ご家族の本音 ご家族インタビュー

不安症で難聴の一人暮らしの母
日に日に増える娘への電話

体は元気。精神的に自立していたら
一人暮らしを続けられたと思います
M・M様(「アズハイム川崎中央」にお母様が入居)
20年以上、都内で一人暮らしの母
震災ショックで失われた創作意欲

老いにともなう不安や焦燥感は程度の差こそあれ誰しも抱くものです。「アズハイム川崎中央」に住むM・M様のお母様は90歳を過ぎてから些細なことで不安になったり心配になったりといった傾向が強くなりました。

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M・M様

母はもともと過敏な性格でしたが些細な体調の変化も不安になるようになりました。呼吸が苦しいとか、気持ち悪いとか。年を取ると自分でできることが減り、どうしたらいいのかわからなくなるのでしょう。私への電話の頻度も日に日に多くなっていきました

そうしたお母様のSOSに応えるにも川崎市内に住むM・M様のご自宅からお母様の住む品川区までは片道1時間。容易に駆けつけることもできません。また、お母様は聴覚障害3級で耳が聞こえづらく、それがさらなる不安を引き起こすのです。

M・M様

母は自分の話をするばかりで私の話がなかなか耳に届かないんですね。ちゃんと伝わらないから心配事が常にあるような状態だったと思います

それまでお母様が住んでいた品川区内の自宅周辺は、大きな商店街やコンビニエンスストアがあります。食べたいものや必要なものがあれば、ご自身で買い物に出掛けられる便利な場所です。72歳でご主人を亡くしてから20年以上、一軒家でお一人暮らしを続けられたのも、こうした環境の良い場所に住んでいたこともありますが、長年お付き合いのあるご近所のサポートもあったそうです。

M・M様

ご近所の方も80代と高齢でしたが母のことをよく見てくださって、近所の繋がりに助けられました。母は書くことが好きで元気な頃は仲間と各地を巡りながら吟行を楽しんでいました。それでも、2011年の東日本大震災をきっかけに『ことばが浮かばない』と言って書くことができなくなったのです

主治医と相談して介護保険申請をしたところお母様は「要支援1」と認定されました。その後、比較的元気な方を対象に運動を中心として取り組んでいるデイサービスを利用しましたが、3カ月ほどして「もう行きたくない」と辞めてしまいました。

M・M様

私も見学をすればよかったのですが、そのデイサービスは母に合わなかったようです。それからしばらくは介護保険サービスを利用しない時期もありましたが、在宅サービスを利用することにしたのです

こうして「アズハイム川崎中央」に入居するまでの1年間は、週2回~3回、30分程度の食事や掃除といった在宅サービスのほかに、訪問看護サービスを月2回ほど利用。訪問する看護師に健康相談をすることでお母様の不安や悩みも軽減したのです。

各階にあるダイニング。窓枠を大きく取り扇形に設けた開放感ある造り
各階にあるダイニング。窓枠を大きく取り扇形に設けた開放感ある造り

ショートステイ先から「アズハイム川崎中央」へ
入居のタイミングは“本人がその気になった時”

M・M様のお母様が「アズハイム川崎中央」に入居を始めたのは2016年8月末のことです。某有料老人ホームのショートステイ先からそのまま入居を始めました。

M・M様

温度管理が難しい夏だったこともあり、母が自ら行こうかなと言ってくれました。そちらは医療面が充実していて看護師もいるホームです。スタッフの皆さんがとてもやさしく接してくださり夏祭りの行事もあって楽しく過ごしたようです

この先、一人暮らしを続けることが困難ではないかと、お母様には何度か有料老人ホームへの入居を勧めていたというM・M様。M・M様の夫も一緒にお母様を説得したものの、お母様は頑なに拒否していたそうです。

M・M様

母は古い人ですから、老人ホームというと昔のイメージがありましてね。夫を交えて話をしても『私を養老院に入れるのか』と喧嘩になってしまうこともありました

それでも、ショートステイでお母様が有料老人ホームでの生活に好印象を持たれたこともあり、M・M様は有料老人ホームへの入居に向けて舵を切りました。

M・M様

一度経験をして自分で実感して納得しないと無理ですよね。25日間のショートステイの経験が良かったと思います

M・M様の自宅周辺は有料老人ホームが数多くあり、「アズハイム川崎中央」もその一つ。2015年9月の「アズハイム川崎中央」の開設当時、M・M様は自宅で手にした「アズハイム川崎中央」のチラシを見て見学に訪れていました。

M・M様

以前から『アズハイム川崎中央』に入居の相談をしていたこともあり、すぐに連絡をしました。開設して1年と新しいホームですから母もなじみやすいかなと。長く入居している方々の中に入っていくのも大変でしょう

当時を振り返り、「大胆に行動した」と語るM・M様。

当時を振り返り、「大胆に行動した」と語るM・M様。
M・M様

決めて動くしかないなと思いましたね。『アズハイム川崎中央』の入居相談員の白石さんも大丈夫ですと言ってくださいました。ショートステイを利用していた某有料老人ホームへの説明も白石さんがしてくださり助かりましたね

お母様が気に入っていた某有料老人ホームではなく、「アズハイム川崎中央」を選んだ理由を聞くと、M・M様は「シンプルであったこと」と仰います。サービス面もハード面も程良くて好印象を持たれたそうです。
手厚いサービスや豪華な設備は当然ながら利用料金に反映されます。M・M様は金銭面から高額なホームへの入居は厳しいと感じていましたが、要支援1と元気なお母様には「アズハイム川崎中央」での生活が適していると判断したのです。

M・M様

ホームの中には、毎日のように賑やかなイベントがあるところもありますよね。これは私の感覚ですが、毎日がそれでは疲れてしまいます。その点、『アズハイム川崎中央』は落ち着くなと思いました

「アズハイム」では施設での暮らしではなく、我が家で過ごすようなやすらぎと快適を大切にしています。M・M様が思い描く老人ホームでの生活と、「アズハイム」の運営コンセプトがぴったりと一致したといえます。

白とベージュを基調に木質感がいきる共有スペース
心にゆとりを取り戻して創作活動をスタート
投稿作品をきっかけに仲間とも再会

白とベージュを基調に木質感がいきる共有スペース

現在のお母様の一番の楽しみは詩歌やエッセイの創作活動です。しばらくペンを置いていたお母様も「アズハイム川崎中央」でのご生活を詩にしたためて新聞に投稿。作品の一つは読売新聞の「よみうり五行歌」の特選に選ばれました。

午前中はむすこ
午後はむこどのがきた
ふたりはゆきちがい
けれどホームのわたしは
幸せで胸はふくふく

M・M様の夫は、お母様が一人暮らしをしていたころから率先してお弁当を買って訪ねたり、一緒に旅行に出掛けたりするなどしてお母様と良好な関係を築いています。今も、夫が一人でお母様を訪ねることがあるそうです。

M・M様

私たちは共働きで子供が0歳の頃から保育園に預けていました。子供が病気をすると母が面倒を見にやってきてくれて母に助けられていたのです。もともと優しい夫ですが、今も感謝の気持ちを表しているのでしょう

先月は読売新聞の読者投書欄「気流」でもお母様ご自身の戦争体験と今の平和の尊さをつづった文章が採用されました。書くことが好きなお母様は、かつては読売新聞の女性投稿者で作る「こだまの会(現在の「よみうりこだまの会」)に所属して熱心に活動をされていました。その当時のお仲間で著名な女性脚本家が「気流」の紙面を見て、「アズハイム川崎中央」にいるお母様を訪ねてこられたときは、お母様も感激されたそうです。

M・M様

昨年8月末の入居から年末くらいまでは落ち着かない様子でしたが、ようやく創作意欲がわいてきたようです。不安がだいぶ軽減したのでしょう。先ほども鼻血が出たといったらすぐに職員の方が対応してくださって。私も安心です

お母様の投稿作品が紹介されている新聞記事を手にニコリ

お母様の投稿作品が紹介されている新聞記事を手にニコリ

お母様の傍らには紙と封筒とペンがあり、創作をしてはM・M様や「アズハイム川崎中央」の職員に「これを送って」と頼まれるそうです。 ご自身の楽しみを取り戻し、それを生きがいとして穏やかに過ごしているお母様ですが、時折、老いに対する不安から、後ろ向きな発言をすることもあるそうです。

M・M様

いとこや知り合いが亡くなり『なぜ私はこんなに長生きをしているのかしら』と口にすることがしばしばあります。以前の私は、母の言葉を真正面から受け止めて私自身が気力をなくしてしまうこともありましたが、『習慣だと思って受け流すように』という夫の助言もあってそうするようにしています

母親と娘の関係はさまざまです。M・M様は娘時代からお母様の話の聞き役でいたため、それが当たり前のように感じていましたが冷静な夫の分析でお母様への接し方にも変化が出てきました。 最近は「アズハイム川崎中央」のケアマネージャーの紹介で「傾聴ボランティア」がお母様の元を月2回訪問。ボランティアなので自費負担は交通費のみです。マンツーマンでお母様の話に耳を傾けてくれるボランティアとの会話が、お母様の新たな楽しみとなりました。

M・M様

私たち世代の共通の悩みは親の老いにまつわることです。友人との会話も親のことが多くなりました。友人には、親世代はホームに古いイメージを持ったままなので見学をして正しい情報を伝えてあげることが必要だと伝えています

「アズハイム川崎中央」で行われる毎朝一時間の体操も、「疲れるから」と時々参加するものの、30分で切り上げるというお母様。レクリエーションも気が向けば参加するといった、束縛されない自由な心持ちで過ごされています。

「今の母は好きなことを極めているという感じですね。母には好きなことがあるからいいですね。その点私は友達がいなくなって体も動かなくなったらどうしようと今から思います」 そう語るM・M様もご自身のこれからを考えるゆとりがようやく出てきたようです。

アズハイム光が丘
アズハイム光が丘で暮らす両親、入居前に介護サービスを利用
両親ともに要介護、二世帯住宅での生活も限界に
石原澄子様のご両親が「アズハイム光が丘」に入居してから3年半が経ちます。澄子様は三姉妹のご長女。東京・練馬区の二世帯住宅で、澄子様ご夫妻とご長女、ご両親と暮らしていました。
「アズハイム光が丘」には、2013年10月にお母様、その1か月後にお父様が入居されました。
アズハイム東浦和
父にホーム入居をすすめたものの葛藤の日々
老々介護を10年続けた父。母の逝去で体調が悪化
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