ご家族の本音 ご家族インタビュー

父にホーム入居をすすめたものの葛藤の日々

老々介護を10年続けた父。
母の逝去で体調が悪化
R・Sさん「アズハイム東浦和」にお父様が入居
母の介護を終えた父
長野から埼玉に住む娘のもとに呼び寄せ

さいたま市内に住むR・Sさんのお父様(76歳)が「アズハイム東浦和」に入居を開始したのは3カ月前のことです。お父様は信州の城下町・長野県小諸市に生まれ、「アズハイム東浦和」に入居されるまで、小諸市内でお母様と過ごしていました。

ところが、お母様は腎臓病を患い、週3回の人工透析が必要となりました。そのお母様の介護を、お父様が一手に引き受けていたのです。お父様は生真面目な性格から、しばらくは外部の介護サービスなどは一切利用せずにご自身の力で介護をされていました。

しかし、病状が悪化するお母様と、大変な思いをして介護をするお父様の様子を見かねたRさんが訪問看護サービスを勧めて利用することになったのです。その後、お母様は転倒を繰り返すようになり、大腿骨を骨折して入院。2カ月後、誤嚥性肺炎で逝去されました。

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R 様

父は10年にわたって母の介護をしていました。父自身、もともと体が丈夫ではないなか、気を張って頑張っていたのでしょう。母が亡くなったのと同時に体調を崩して入院してしまいました

これで良かったのか。自問自答の日々です

お父様は退院してから約10日間、さいたま市内にあるRさんの自宅で過ごされました。間近でお父様の様子を見たRさんは、今後お父様ご自身で買い物や炊事などを行い、小諸市で一人住まいをすることは困難だと感じたそうです。Rさんはその思いを手紙に書き綴りお父様に手渡しました。

R 様

しばらく私たち家族の方に来てみてはどうかという内容です。父には『2~3日考えてほしい』と伝えて渡しました。
当時、我が家には受験生もいるなかで、私たちに負担を掛けたくないという思いが強かったと思います。孫のことも考えてくれたのでしょう。
父は自分のことというよりも、私たちを落ち着かせたいという思いで、“じゃあ出ようか”となったのだと思います

当時、Rさんのお子様は中学3年生と小学4年生。中学3年生のお子様は高校受験を控えていました。そのような中、Rさんは病状が悪化していくお母様と看病するお父様の様子を見に、一日おきに埼玉と長野を日帰りで約3時間かけて往復していたといいます。

Rさんの自宅から車で5分の場所に「アズハイム東浦和」があります。以前から、「アズハイム東浦和」があることは知っていましたが、まさか自分の父親が「アズハイム東浦和」に入居するとは想像もしていなかったそうです。

R 様

父が来ることになるとは想像すらしていなかったですが、父自身が一番戸惑ったと思います。小諸で生まれ育ち、県外に出たことなど一度もない人ですから

大きく違ったのは “雰囲気” です

Rさんは「アズハイム東浦和」のほかに、サービス付き高齢者向け住宅(=以下、サ高住)を見学しました。そのサ高住はRさんの自宅からの距離はほぼ同じですが、そちらではなく、「アズハイム東浦和」を選んだのは、“直感”だといいます。

R 様

アズハイム東浦和の近くには大きな公園がありますし、バス通りに面しているので外出も便利だなと、元気になった父が出て歩くことをイメージしましたね。
それでも大きく違ったのは“雰囲気”です。

例えば、病院や施設では一般的には床に絨毯が張られていないですよね。それは衛生面の理由もありますが、絨毯が張られていない床の上を歩くと靴やスリッパの音がパタパタと気になります。

その点、アズハイム東浦和はロビーから廊下まで絨毯が張られています。照明も温かみがあって落ち着きますね。ちょっと良く言うと、ホテルのような印象です

「アズハイム東浦和」ロビー。Rさんは“雰囲気の良さ”を直感
「アズハイム東浦和」ロビー。Rさんは“雰囲気の良さ”を直感

「アズハイム東浦和」を選ぶきっかけに

サ高住は、一日一回の安否確認と生活相談が義務付けられた高齢者のための住まいです。自立した高齢者の早めの住み替え先としてサ高住を選ぶ人も増えています。

R 様

父は自立ですが、当時の体調を考えると看護や介護が備わった施設である点は判断材料の一つでしたね。
アズハイム東浦和では短期間の入居は受け付けていないということでしたが、事情を話したら、まずは3カ月入居してみましょうということになったのです

お父様の入居後も「アズハイム東浦和」のスタッフと綿密に話し合いを重ね、施設の丁寧な対応ぶりに助けられたといいます。

R 様

細かなこちらの事情をくんでいただいて臨機応変に対応していただきました。規定上では本来できないと思われるようなことも、父の体調を見て対応をしてくださるのです。
例えば父は自立ですから、受診は基本的には通院です。ただし、当時の父は食事もとれないような状態でした。
その時は往診に切り替えてくださったのです。ほかにも、即答できないような要望についても『会社と相談します』といって後日回答をいただけます

こうして始まった、「アズハイム東浦和」の暮らしも3カ月を迎えようとした時、Rさんは再び今後の生活についてお父様と話し合いました。

R 様

父がこちらに来てから、私は役所の手続きなどがあったので小諸の実家に帰りましたが、誰もいない静かなこの家で父が一人で過ごせるとは思えなかったですね。
父と母は真逆の性格で、母はとても賑やかな人でした。がらんとしたこの家で、父が一人で過ごすことは辛いことだと思いましたね

「アズハイム東浦和」は入居者の体の状態に合わせてフロアを分けています。自立の方が多く住むフロアはお父様が入居した当時は満室で、比較的介護度の高い方がいるフロアでの入居となりました。
自立の方同士は、お互いの生い立ちや境遇に始まり、日々の出来事などを話すコミュニケーションも盛んです。

お父様はもともと社交的なご性格ではないうえ、奥様を亡くされ、自身の健康状態が悪い中、周囲の人と程よい距離を保ちながら過ごせる今のフロアの生活がかえってよかったとRさんは仰います。

周囲の人と程よい距離を保ちながら、1人の時も個室で自分の時間もしっかり確保できます。
周囲の人と程よい距離を保ちながら、1人の時も個室で自分の時間もしっかり確保できます。
R 様

父と相談する中で自立のサ高住への住み替えも考えましたが、父の体調も万全ではないですから、しばらくこちらにお世話になってみようということになりました

フラワーアレンジメントをしている様子を楽しんだそうで驚きました

「アズハイム東浦和」への入居は短い期間で下した決断ですが、Rさんはいまだにその判断が良かったのかどうか「毎日迷っているし葛藤の連続」だと言います。
できることなら住み慣れた長野での生活を続けさせてあげたかったと思う一方で、いざという時に駆けつけることができない場所でお父様が一人で過ごすことも考えられないと思うのです。

R 様

地方は若い人が少なくなり高齢者が増えていますが、施設に入所したり、亡くなったりで段々と人が減っているのです。以前のように、何かあれば近所の方が助けてくれるというわけにはいきません。
それを考えると、何かあればスタッフの方がすぐに駆けつけてくれる今の環境は安心です。ただしそれは、私にとっての安心ですから

Rさんは、最初の頃はお父様の様子を見に「アズハイム東浦和」を毎日訪れましたが、最近は2~3日置きに訪ねています。Rさんのご主人も1週間に1回、仕事帰りにお父様を訪ねて男同士の会話をするそうです

R 様

最初の頃は、家でご飯を食べようとか外食しようといって父を連れ出しましたが、慣れない中、緊張もあったのでしょう、父は私たちのペースに合わせてくれていました。

でもそういった生活は疲れますよね。徐々にではありますがお互いのペースで過ごせるようになってきています。

最近では、他の入居者の方から誘われたからとフラワーアレンジメントをしている様子を一緒に楽しんだそうで、驚きました

自問自答の毎日を過ごしているというRさんですが、お父様の少しの変化に驚きと喜びと入り混じった思いを抱くこともあります。季節はもうすぐ夏。

涼しくて湿気の少ない長野の気候とは違い、過酷な暑さにさらされる“都会の夏”を無事に過ごせるかどうかという不安もあります。

「アズハイム東浦和」の入居は、やむを得ず短期間で下した決断でしたが、当時のRさんとお父様にとっては最良の選択でした。今後どのように過ごしていくのか、ゆっくりと長い期間をかけてお父様と話し合っていきたいと考えています。

アズハイム光が丘
アズハイム光が丘で暮らす両親、入居前に介護サービスを利用
両親ともに要介護、二世帯住宅での生活も限界に
石原澄子様のご両親が「アズハイム光が丘」に入居してから3年半が経ちます。澄子様は三姉妹のご長女。東京・練馬区の二世帯住宅で、澄子様ご夫妻とご長女、ご両親と暮らしていました。
「アズハイム光が丘」には、2013年10月にお母様、その1か月後にお父様が入居されました。
アズハイム横浜上大岡
持病を抱えながらの夫の介護「大変の一言に尽きます」
“スープの冷めない距離”での生活が転機に
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アズハイム横浜いずみ中央
母の帰りたい場所が“アズハイム”になりました
インターネットで情報収集してホームを自己採点。「アズハイム横浜いずみ中央」との出会いはご縁です
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アズハイム大泉学園
他ホームを見学してわかったミスマッチ「アズハイムとの出会いは幸運でした」
父の有料老人ホーム入居を機に家族の絆が一層深まりました
岡崎様は「アズハイム大泉学園」に住むお父様(82歳)のもとを毎週1回訪れます。そして、お父様が穏やかに過ごしている様子に「いいところに巡り会えた」と胸をなでおろします。…