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ご家族の本音 ご家族インタビュー

長男の死と震災のショックを乗り越えて
「今が一番」と言える母になりました

難聴で人見知りの母。
ホームでの生活になじめるか不安でした
高松キヨ子様・ミサ子様姉妹(「アズハイム横浜東寺尾」にお母様が入居)
3時間置きに痛みを訴える母
娘二人での介護も疲労困憊

2011年2月、高松マツ様(当時95歳)は同居するご長男を急性心不全で亡くしました。母子二人暮らしで頼りにしていたご長男の急逝に大きなショックを受けていたマツ様に、衝撃的な出来事が立て続けに襲います。3月11日に発生した東日本大震災です。同じ市内に住むマツ様の長女・高松キヨ子様と次女・高松ミサ子様は、その日のうちにマツ様を迎えに行きました。大混乱でタクシーもつかまらず3時間かけて高松様姉妹が住むマンションまで高齢のマツ様を伴って歩いて帰りました。

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ミサ子様

私と私の子供と母と姉の4人暮らしが始まりました。長男の急死と震災で大きなショックを抱えた上に環境の急な変化もあり、ある日突然母が倒れたのです

震災発生から1週間後の朝、起き上がろうとしたマツ様はめまいを起こしてそのまま布団に倒れこみました。キヨ子様とミサ子様の呼びかけにも応じることなく意識を失ったため、救急車で搬送することに。マツ様は救急車の車内で意識を取り戻しましたがそのまま救急病院に搬送されました。ところが、病院での診断は“異常なし”。その日のうちに自宅に戻されました。足を引きずり、体調不良を訴えるマツ様の様子に、高松様姉妹は病院での診断に疑問を抱いたと言います。その2日後、かかりつけの医師に相談して別の病院を受診したところ、マツ様は「脳梗塞」と診断されました。

キヨ子様

最初に救急搬送された病院でもCTやMRIの撮影を行ったのに見つからなかったようです。不思議ですね

10日間の入院を経て退院したマツ様は娘二人との同居を続けていましたが、9カ月後の12月25日、下痢・体の節々の痛み・足のむくみなどの不調を訴えました。

キヨ子様

母は『痛い、痛い』と夜中に何度も起きました。私たちが触れようとすると『痛いからやめて』と。そのくらい痛かったようです。母とは同室で寝ていたこともあり、3時間おきに起こされて足を冷やしたり、薬を飲ませたりしました

その2日後、マツ様の体調はさらに悪化して体中の痛みと血便が出たため、再度救急搬送。腸炎と診断されてそのまま入院となりました。 そして、退院を3日後に控えた12年1月4日、高松様姉妹はマツ様を自宅で見ることの自信をすっかり喪失していました。マツ様は整腸剤を服用していましたが下痢の症状は改善されていなかったのです。 そこで病院のソーシャルワーカーに相談したところ、高松様姉妹の自宅に近い民間の介護施設を紹介されました。

ミサ子様

当時お世話になっていた介護ヘルパーから『病院に入ったら動けなくなるよ』と言われていました。また、2回の救急搬送でお世話になった救急士が同じ人で『高齢だし施設を考えたらどうか』と言われました。それまで施設を考える暇もなかったのです

「介護は突然やってくる」といわれますが、介護施設を慌てて探す人も多いようです。 高松様姉妹も同様で、退院を3日後に控え、焦る気持ちを抱えながら1日で3施設を見学しました。

キヨ子様

へとへとでしたね。3か所目の最後の見学が『アズハイム横浜東寺尾』で、ホーム長から『疲れた顔をしていますね、もう決めちゃいなさい』と言われました。この一言でしたね。介護は疲れちゃいけないなと思いました

ミサ子様

あの一言はありがたかったわね

高松様姉妹に「アズハイム横浜東寺尾」を訪れたときの印象を伺うと、他の2施設と比べて「雰囲気の良さ」が印象的だったと口を揃えます。 「アズハイム横浜東寺尾」は玄関を入ってすぐの場所にロビーがありますが、高松様姉妹が見学をした時、ロビーのソファで3人の男性入居者が談笑していました。そこにホーム長が自然と会話に入っていく様子を目にしたのです。その時の温かな雰囲気が他にはない特徴だと感じたそうです。

ミサ子様

広々として、中庭の様子と静かな雰囲気も母に合うなと思いました

翌日、「アズハイム横浜東寺尾」のケアチーフ、入居相談員、看護師の3名がマツ様が入院されている病院まで面談に訪れました。この迅速な対応に、高松様姉妹は救われたそうです。

キヨ子様

すぐに行動に移してくださり、入居できるかどうかの返事はすぐにいただけるといわれました。こういうことは早く行動して決めた方がいいなと思いましたし、心強かったです

とんとん拍子に話は進み、予定日より早く退院したマツ様は病院からそのまま「アズハイム横浜東寺尾」に向かい1週間の体験入居をしました。

キヨ子様

母には施設に入所することは伝えていなかったです。こちらに連れてきて、病院と施設の違いを説明しました。病院では相部屋だったので、個室を一人で使えると知り『静かでいいわね』と気に入ってくれました

「入居した翌日に『よく眠れた』と。『見に来てくれるから安心だ』と言ってくれました」(キヨ子様)
「入居した翌日に『よく眠れた』と。『見に来てくれるから安心だ』と言ってくれました」(キヨ子様)
自宅でマツ様を見ていた当時は「めまいがして点滴をしていた」とミサ子様。辛くて当時を思い出したくないと話します。

自宅でマツ様を見ていた当時は「めまいがして点滴をしていた」とミサ子様。辛くて当時を思い出したくないと話します。

熱心にリハビリに取り組む母
自力でトイレに行くまでに回復

人見知りの性格で耳の悪いマツ様がホームでの生活に適応できるか不安だったという高松様姉妹。マツ様が『アズハイム横浜東寺尾』の生活を開始してから1カ月間は毎日ホームを訪れました。午後2時過ぎから、夕食が始まる直前までの時間をマツ様と過ごし、自宅とホームをバスで往復したそうです。それからは、1週間に一度、土日のどちらかに訪問すると決めてマツ様との時間を過ごしています。 大正5年生まれのマツ様は「自分のことは自分で」「若い人には負けたくない」という気持ちがあり、特にトイレについてはご自身で用を足したいとの気持ちが強くありました。入居当時は車いすでトイレ介助が必要だったマツ様は、「アズハイム横浜東寺尾」でのリハビリの結果、歩行器を使って自力でトイレに行き、ご自身で用を足すまでに回復したそうです。 こうして自力で行動することに自信を取り戻したマツ様ですが、きれい好きの性格が災いして失敗もありました。

キヨ子様

母は自分の車いすをきれいに磨きたいと自室でしゃがみ込んで掃除をしたのですが、終えて立ち上がろうとしても立ち上がれない。仕方なく、近くにあった緊急コールでスタッフの方を呼んでしまいました

こうしたこともあり、高松様姉妹は「歩いてできることが増えても余計なことはしないように」とマツ様に何度も言い聞かせていました。ところが、17年6月、自室のカーテンをご自身で開けようとしたところ、勢い余って転んでしまったのです。幸い、近くの部屋で介護をしていたスタッフが駆けつけて、転んでいるマツ様を早く発見できましたが、マツ様は転倒により右大腿骨を骨折していました。救急搬送された病院では手術後2週間の入院を余儀なくされましたが、医師の薦めもあって手術の翌日から病院でリハビリを開始しました。

キヨ子様

痛い痛いと言いながらのリハビリでかわいそうでしたね。正直なところ、私たちは諦めもありましたが、退院後も病院でのリハビリを引き継いで『アズハイム横浜東寺尾』でもリハビリを続けられました。その結果、普通に生活できるようになりました

「『アズハイム横浜東寺尾』では病院退院後のメンテナンスもあって安心」と高松様姉妹
「『アズハイム横浜東寺尾』では病院退院後のメンテナンスもあって安心」と高松様姉妹

スタッフに日頃の感謝の気持ちを伝えたい
私たちにできることは「庭づくり」

高松様姉妹は3年前から「アズハイム横浜東寺尾」の庭をボランティアで手入れしています。それまで、花の栽培をした経験がほとんどなく「自己流」だと謙遜するお二人ですが、庭や玄関先のプランターには色とりどりの季節の花がきれいに咲いていました。

キヨ子様

皆さん、一生懸命やってくださっているから何かお返しがしたいと思ったのです。私たちができることってそのくらいしかないから

この庭の手入れを通じて、他のご入居者やスタッフとの会話も生まれるようになりました。

ミサ子様

通りがかった方が、これは何の花?なんて話しかけてくださいます。少しは私たちもお役に立てているのかな、なんて思います

そんな風に思うものですか、との問いに「思いますよ!これだけ皆さんによくしてもらっているんですから」と声を揃えるお二人。 今回の取材も日頃の感謝をより多くのスタッフに届けたいとの気持ちで快諾してくださいました。

キヨ子様

母は耳が悪いこともあって、スタッフの方とのコミュニケーションがうまく取れず、また聞いたこともわかったふりをしてしまうこともあり、意思疎通が図れないことが時としてあります。その上、人見知りで負けず嫌いな性格から、困っているのに人に頼むことができないようです

そこで高松様姉妹は、マツ様の話をよく聞いて、マツ様が不満に思っていることも、マツ様の誤解を解くように努めたり、施設と病院の違いを話したり、マツ様が忘れかけていたこれまでのスタッフの対応を話したりする時間を持つようにしています。その上で、マツ様が「人に頼むことが苦手」だという点をスタッフにも伝えてマツ様とスタッフが円滑に意思疎通できるように努めています。

キヨ子様

最近の母は、感謝の気持ちを伝えるときに『ありがと』って手をパチンと叩くんです。なんだか人を馬鹿にしているようにも見える行為ですが、スタッフの方は、マツさんの感謝の気持ちの表れなんだからいいんですよと言ってくださいます。最近は、スタッフの方に、『娘に怒られちゃった』なんて言えるようにもなって、明るくなりましたね

高松様姉妹は、明るくなったマツ様を見るのは何年ぶりかなと目を細めます。 マツ様の自室からは、近くにある小学校の桜の木が良く見えます。春になると見事な花を咲かせる桜の木を毎年楽しみにされています。外出が難しいマツ様のために、キヨ子様は部屋に季節を感じられる装飾を施します。この日は、端午の節句にちなんで、ミニ鯉のぼりが飾られていました。

キヨ子様

何が一番いいかはわかりませんが、母は『今が一番いい』と言ってくれています。施設に入ることで人生は変わりますが、母は明るくなり、スタッフの方々とも自分の子供や孫と接するかのように過ごしている様子を見るとよかったなあと思いますね

時々、娘を前に困ったことを発するマツ様に「じゃあ、妙蓮寺(高松様姉妹の住む地)に帰る?」と聞くと、「嫌、ここ(アズハイム横浜東寺尾)は私の部屋だから」と切り返すマツ様。自室では、スポーツ紙で大好きな巨人軍の記事を読み、雑誌を読んで過ごし、毎週末やってくる二人の娘の訪問を心待ちにしています。 顔を合わせれば近況や世間話に花が咲き、笑い声が絶えない3人。マツ様の部屋では今日も笑顔の花が咲いていました。

季節を感じられる装飾の数々。七夕の季節は笹飾りをするそうです

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「どこも痛くない!今が一番」と笑顔のマツ様(中央)
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