ご入居者様インタビュー

いいところに連れてきてくれた娘に感謝

愛妻とドライブした思い出の道
自室から眺め30年前を懐かしむ日々

「アズハイム光が丘」での生活が間もなく7年目となる宇野精二様。自室の窓から見える景色に今は亡き奥様との思い出を重ね見ます。
「入居後、しばらくして気づきましたが、ここから見えるバス通りは助手席に妻を乗せてドライブをした思い出の道。今から30年近く前の話で当時は『アズハイム光が丘』はなかったのですが、自分が通った道の真横に自分の個室があるとは不思議ですね」(宇野様)

 1927年(昭和2年)、東京・神田駿河台で生まれた宇野様は、東京工業大学を卒業後、留学のため単身渡米。大学院で「化学工学」を学びました。時同じくしてアメリカに留学していたリサ様と結婚。
 帰国後は大手合繊メーカーにお勤めになり、退職後はリサ様と山にドライブに出掛けたり、ご友人とゴルフを楽しんだりと悠々自適の日々を過ごされました。
 ところが、2001年(平成13年)にリサ様を亡くされ、宇野様のお一人暮らしが始まるのです。炊事、洗濯、掃除と一通りの家事をご自身でこなしていた宇野様ですが、近年は腰痛に悩まされました。
 「70代後半は軽い腰痛もありましたが、年を取ったせいだなんて思いながらゴルフもしていました。ところが、『アズハイム光が丘』に入居する半年前に、ものすごく痛むようになったのです。歩くのも難しいほどの重症で家事もできなくなり、介護付きの有料老人ホームに入居しようと決めたのです」(宇野様)

 老人ホームの紹介センターから、練馬の老人ホームを2か所紹介されて見学。その1つが「アズハイム光が丘」でした。玄関がきれいで、居室は自分好みにレイアウトされている点が気に入り、2日後には入居を決めました。2011年(平成23年)4月のことです。
 ところが、「アズハイム光が丘」に入居したものの、腰痛は悪化するばかり。そこで「アズハイム光が丘」の協力病院の一つ、「スズキ病院」に入院したところ翌日すぐに手術。腰痛の原因は末期の盲腸炎で『癒着』を起こす寸前の状態でした。
 「老人ホームの生活が始まるというよりも、入院するために老人ホームに入居したようなものですね。お医者さんはありがたいなと感じました」(宇野様)
 退院後、ようやく「アズハイム光が丘」での生活が始まりますが、宇野様は当時の心境を「陸の孤島に行くようなものだった」と振り返ります。
 「誰に紹介されたわけでもなく、たまたま紹介センターから紹介されて入ったホームです。老人ホームに入居する方はどなたもそうかもしれませんが、最初は『一人だなあ』と孤独感を感じたものです。そんな孤独感を救ってくれたのは、訪ねてくれる娘や友人の存在ですね」(宇野様)
 孤独感を抱きながらの「アズハイム光が丘」での生活でしたが、ある日、「アズハイム光が丘」で開かれたパーティーに参加したところ、参加者の中に宇野様と同じく神田駿河台付近が出身の入居者がいると知りました。
 「私もその方も、ニコライ堂の近くで生まれ育ちました。それを知った時は嬉しかったですね。そして別の日の『アズハイム光が丘』で開かれた誕生会に参加したところ、もう一人地元が近い方がいらっしゃって。その方とは居室が近いことから廊下でよくすれ違っていたのですが、地元が一緒だとは知らなかった。地元が近い方がお二人もいらっしゃると知り、孤独感が薄らいでだいぶ気が楽になりました」(宇野様)

 このように、宇野様が歩んでこられた人生と「アズハイム光が丘」をつなぐ偶然はほかにもあります。
「アズハイム光が丘」を運営する株式会社アズパートナーズの本社は日比谷公園の近くにあります。以前は有楽町駅からすぐの場所でしたが、2012年(平成24年)に移転しました。
「ホーム内の掲示板で本社移転のお知らせを見ました。日比谷公園は、子供の頃の遊び場であり、その界隈は学生時代の遊び場。そして、勤め先の本社が日比谷公園近くにあったので昼休みは散歩に出かけました。アズパートナーズは日比谷花壇とも業務提携をしていますが、その日比谷公園店では珍しい花に惹かれてその前を通るたびに立ち寄らせてもらいました。リタイア後も日比谷公園を歩いたりしていたので、日比谷は私にはとてもなじみ深い場所なのです」(宇野様)
 思い入れの深い日比谷。宇野様は「アズパートナーズが私の所に近くなってきたようだ」と満面の笑みで話されます。

いろいろな偶然の一致で「陸の孤島」が近くに感じられたと宇野様

日々の家事からの解放
その時間で好きな読書に没頭

 宇野様が老人ホームでの生活で危惧していたことは、「いかに一日を過ごすか」ということでした。
「アズハイム光が丘」では炊事、洗濯、掃除といった家事のすべてを職員が行ってくれます。
「家事は面倒です。一番大変な思いをしたのはシーツですね。ここでは毎週シーツを交換してくれますし、日常の雑事をこなしてくれますからものすごくありがたいです。職員の皆さんは親切で丁寧ですし。考えてみれば、女性は家事があって育児もあって大変です。『孝行したいときに親は無し』といいますが、妻に感謝を伝える前に先に逝かれてしまったのが残念です。入居してからその反省の想いが一段と強くなりました」(宇野様)
 家事については孤軍奮闘してきた宇野様にとって、家事からの解放は嬉しい反面、そこに費やしてきた時間を何に充てるかが、入居後の新たな悩みとなりました。
「人とは不思議なもので、忙しい時は暇が欲しいのに、暇ばかりだと嫌になる。暇が負担になるんですね。そうすると室内で出来ることを探すわけです」(宇野様)

 もともと読書好きの宇野様は、以前から関心のあったテーマをひろい、そのテーマにそって読書に励みました。テーマは「宗教観」、「世界経済」、「哲学」と多岐にわたります。
「テレビから情報を得る人は多いですが、テレビに出ている人を覚えていてもその人が何を話していたかということは忘れがちです。その点、本はもともと興味があることを読んでいるせいか内容が残りますよね。根底に何かを残してくれる、それが読書だと思うのです」(宇野様)
 そして、暇つぶしのために「アズハイム光が丘」に入居してから始めたことは「ナンプレ(数独)」です。新聞に載っていたナンプレは、最初は「箸にも棒にも掛からぬ」ほど難しいと感じた宇野様も、3カ月後には、するすると簡単に解けるようになったといいます。
 「ナンプレも、腕が上がってくると面白くなくなり止めてしまいました。いつまでも興味を持って続けられるものってなかなかないものです」(宇野様)

有機化学を一から学び
いずれは自分のための一冊に

宇野様は今年の猛暑で体調を崩されました。服薬治療で体調は回復したものの、何をする気にもなれずに滅入る日が続いたといいます。
「今まで大抵のことはしていますから、若い時と違ってあれをやりたい、これをやりたいとはならないのです。この時ばかりは生きていくことは難しいなと感じました」(宇野様)

そんな宇野様が元気を取り戻したきっかけは、宇野様の専門分野「化学工学」と関係のある「有機化学」の勉強でした。世の中の多くのものに有機化学物質が関係しています。有機化学物質はどのようにして作られているか、それが世の中でどのように役立てられているか、どのように機能しているのか、そうしたことを考えるうちに、有機化学を一から学び直したいという気持ちになりました。
「難しければ難しいほど時間をかけられます。有機化学は私の専門分野に関係深かったので大変面白く始めるときりがないです」(宇野様)
宇野様の目標は、有機化学についてまとめた本を作ること。「誰にもケチをつけられたくないから」と、宇野様だけが読む1冊になさるそうです。
宇野様の居室にはご家族との写真やご友人に送られたというノーマン・ロックウェルの絵がいくつか飾られています。このお気に入りの部屋で、時間を忘れて好きなことに没頭する宇野様は、今とても充実した日々を過ごされています。

用紙には「有機化学」にまつわる専門用語がずらり。「まずは一から学び直しています」(宇野様)
娘様(写真左)と松元ホーム長(写真右)とともに。
「宇野様は社交的で紳士。『松元さん、大変でしょう。無理しないでくださいね』とやさしく声を掛けてくださいます」(松元ホーム長)

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